セッションをしていると、たまに「子供が可愛いと思えない」「兄弟の中のあの子にだけ、どうしてもキツく当たってしまう」といったお母さんのお悩みをうかがうことがあります。
あの子を見ているとイライラする。
あの子が歯向かってくると感情を抑えられない。
小さい頃は可愛かったのに、反抗期を迎えた今は憎たらしい。いなければいいと思ってしまうことさえある。
でも、同時にそう思ってしまう自分は「ダメな母親なのではないか?」と心配になるし、罪悪感も感じる。そして、自分に罪悪感を抱かせる子供がますます嫌いになる。
親子って、お互い遠慮がないから難しいですよね。
そして、血がつながっているからといって、相性ぴったりというわけでもないのが親子。
自分の「魂の課題」を乗り越えるため、「魂のレベルアップ」を進めるために、わざわざそりが合わない相手と親子になっているケースもあります。
チャートを通して拝見した「噛み合わない親子」の皆さんも、お母さんが「どういうわけか、この子は好かん」と思う場合、子供はお母さんが致しかたなく「我慢してきたこと」を平気でやっている場合があります。
私は遊びたいのを我慢して勉強したのに、この子は役にたたないものにうつつを抜かしている。
私はお姉ちゃんだから、何でも妹に譲って我慢したのに、この子は弟ができてもずっとマイペースだ。
子供は親に従うのが当然なのに、この子は反抗ばかりする etc……。
人って、生育過程の中で知らず知らずに受け入れた「制限」に気づかないまま年を重ねると、それが「自分の常識」になります。
そして、その「常識」を破っている人を見ると、無性にモヤモヤしたり、腹が立つんですねー。
なぜなら、子供時代の「本当はそうしたかった(けれど、できなかった)自分」が目を覚まして、「ズルい!あの子ばっかりズルい!」と叫ぶから。
分別ある大人に育った今でも、インナーチャイルドと呼ばれる自分の中の「内なる子供」は納得していなくて、「本当は私も、そうしたかった!」と主張しているのです。
だから、どうしてこの子にはこんなにムカつくんだろうと思ったら、その子の言動の中に「自分がしたかったけど、させてもらえなかったこと(そして、実はしても構わないこと)」が隠れていないか、自分に問うてみてください。
うちも、私を枠にはめたい母と、我が道を行きたい私は昔から仲が悪く、10代の私は怒りどころか殺意も抱えていました。
母は親に絶対服従で育ってきたそうなので、親の指図に一つ返事で従わず、いちいち自分の意見を返してくる娘なんてありえなかったのでしょう。
でも「どこの国に行っても、誰に会っても、堂々と自分の意見を言い、行動できる人間を育てよう」というポリシーの学校に、違和感なく通っていた私からすると、母の躾という名の人格否定と過干渉の方がまったくもって、なんでやねん!?
あたしはヘチマなのに、なんでトマトにならなきゃいけないの!?的な。
従うふりだけで心を閉ざしていましたが、実際のところ、母は自分が力技で信じ込まされたことを忠実に再現していただけ。
全方位的に自慢できる完璧な娘に育てて「立派なお母さん」と言われたい気持ちもあったのでしょう。(私に完璧さを求めるあたり、そもそも間違ってますが)
私の母も、家庭や社会の中に横行していた、いまとなっては謎な「ねばならぬ病」に縛られて、おかしな方向にいってしまった昭和の母の1人だと思います。
そして「常識」という名の「ねばならぬ病」は多かれ少なかれ、いつの時代もある。
それは場所や時代、人の都合によってコロコロ変わるものなので、違和感を感じたら立ち止まって自分の「ねばならぬ」を疑い、もう不必要ならどんどん外していく方が、自分も周囲も幸せになれると思います。
ムカつくお子さんは、お母さんがもっとラクに生きられるようになるための「きっかけ」を提供してくれているのかもしれませんね。
※なお、親が「特定の子にムカつく」場合、その子が、子供の頃、嫌いだった家族の誰かに似ている、というパターンもあるそうです。ご参考までに。