頭脳(エゴ)の限界と宇宙のスーパーコンピューター

あと20分強で明日ですが、まだ25日。書き始めは25日でしたよ!と言い訳をしつつ、前回の続きいきます。

「内なる自己(ハイヤーセルフ)」などというと宗教臭く感じる方もいると思いますが、「内なる自己(ハイヤーセルフ)」ってカテゴリーとしては「宇宙の法則」です。

私、お釈迦様が誕生時に語ったという「天上天下唯我独尊(自分という存在は誰とも取りかえのきかない変わることのできない人間として、生まれている。この命のままで尊い)」という言葉が好きなんですが、あれは「内なる自己(HS)」つながった状態の何も足し引きする必要のない“本来の人間”の完璧さや美しさを表したもの。

その本来であれば完璧で「この命のままで尊い」はずの人間が、なぜ足を引っ張りあったり、いじめたり、欺いたり、名目がつくと平気で人を殺したりするかというと、宇宙の大元とつながっていて宇宙の法則を知り尽くしている「内なる自己(HS)」と切り離されてしまって、自我(エゴ)だけの存在になってしまっているからなんだと思います。

自我(エゴ)は「私は私である」「私とあなたは違う」という意識が強くて、すべての思考が「自己保存のため」。

自我(エゴ)は常に自分を守らなきゃいけないから、勝たなきゃいけないし、人は仲間ではなく敵だし、やられるまえにやっつけなきゃだし、先のことはいつも不安だし……と、生き抜くために必死。

そして、自我(エゴ)の思考は頭脳によって作り出されます。頭脳は「過去の経験」が詰まったデータベースですから限界があります。

しかし、宇宙のスーパーコンピューターみたいな「内なる自己(HS)」とつながっていれば、自然と宇宙の法則にのっとった生き方になるから大きな流れに乗れて、自然と自分に合った生き方、環境、関係性の中で生きていけるようになる。

我々も含めて宇宙のすべての構成要素はモザイクみたいなもので、それぞれ絶妙に適材適所。

本来は自分が苦手なことはしなくていいし(それは得意な人がやるから)、確かに釈迦が言ったように「自分という存在は誰とも取りかえのきかない変わることのできない人間として、生まれている。この命のままで尊い」なんだと思います。

つまり「内なる自己(HS)」とつながっているとラクだし、自然に自分の「今生でやろうとしていること」に向かうため安心感と満足感もあります。

 

しかし、頭脳だけを頼り、自我(エゴ)を自分自身だと思って生きてきた人にとって「内なる自己(HS)」とつながるのは難しい。

まず、その存在を信じられないし、信じたとしても「どこにいるんだ? 全然、知覚できないぞ」でしょ?

頭の中には毎日あれこれ考え続ける「ムダな思考」が、心の中には思考から生まれた「ネガティブな感情」がいっぱい詰まっていて、それが分厚い膜を形成しているため、「内なる自己(HS)」とつながれなくなっているんです。

雨雲の上は晴れているけど、雲の下はどしゃぶりで太陽が見えないのと一緒ですね。

この「ムダな思考」と「ネガティブな感情」による分厚い膜を除去する第一の方法は「いまここ」に在ること。

何も考えず、ただ、いまの瞬間を五感で感じる。体の感覚を感じる――マインドフルネスの状態をキープする――これが最初の一歩らしいです。

だから、やっぱり瞑想がいいんですよね。

私はめったに瞑想しませんが、泳ぐ時間とぷるぷる気功(詳しくはこの記事の後半部分をどうぞ)が日常の瞑想タイムになってます。

泳いでいる時って、呼吸と体の動きに集中するのが精いっぱいで、何も考えられないんですよ。せいぜい「あー息苦しいー」ぐらい(笑)。

で、泳ぎ終わると頭が空っぽになっていて超気持ちよく、脳みそのクレンジングが終わっています。

ぷるぷる気功の方はよりダイレクトに、自分と「上」をつなぐ管が洗い流される感覚があって、自分の「軸」がズレていても程度が軽ければ直ります。

あら、猫の夜の散歩につきあっていたら、もうこんな時間! 続きは明日か明後日に書きますよ~。

 

画像 / アナ・ラウラ・アラエズ≪光の橋≫ 十和田市現代美術館蔵

 

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